MTVは本当に音楽を殺したのか? - 創造性を奪ったのか、音楽を再定義したのか
📝 はじめに
本稿は、1980年代を象徴する存在 MTV をめぐる定番の問い 「MTVは音楽を堕落させたのか?」 を、感情論ではなく構造の問題として検討するアラカルト記事である。
結論を先に述べると、 MTVは音楽を殺してはいない。 ただし「音楽とは何か」を決定的に変えてしまった。
📺 MTVとは何だったのか
🕒 前史:1981年以前
MTV開局前、音楽は基本的に
- ラジオで聴く
- レコードで聴く
- ライブで体験する
ものであり、視覚は副次的要素だった。
70sまでは「顔が売れていない」ことは欠点ではなかった。
📡 MTVの登場(1981)
MTV は
- 24時間
- 音楽専門
- 映像付き
という、当時としては異常なメディアだった。
初期スローガンは
I Want My MTV
これは
I Want My Music ではない。
この時点で「音楽=映像込み」という前提が芽生えている。
🎬 MTVが変えた3つのルール
① 音楽は「見るもの」になった
MTV以後、ヒット曲には
- 覚えやすい映像
- 強い物語
- 視覚的フック
が求められるようになる。
曲を理解する前に、映像で“意味”を与えられる。
結果、
- 聴き手の解釈の自由度は下がり
- 楽曲の世界観は固定される。
② 音楽の価値基準が変わった
MTV時代の評価軸:
- 良い曲か? ❌
- 良い映像か? ⭕
- テレビ映えするか? ⭕
音楽的革新より「見た目の新しさ」が優先される。
③ スターの条件が変質した
MTV以前:
- 音
- 演奏
- 曲
MTV以後:
- 顔
- 身体
- ファッション
- 演技力
ここで「ミュージシャン」と「パフォーマー」が分岐する。
🌟 MTVが生んだ「成功例」
🎤 ポップの完成形
MTVは、 音楽 × 映像 × キャラクター という三位一体モデルを完成させた。
- Michael Jackson
- Madonna
- Prince
この3人は「MTVに適応した」のではなく、「MTVを使いこなした」側。
特に Thriller は、
- 楽曲
- 短編映画
- 世界観
を不可分に結びつけ、到達点であり呪いとなった。
⚠️ MTVが生んだ「歪み」
🎸 音楽の均質化
- 映像に合うテンポ
- 映像に合う構成
- 映像に合う音色
音楽が「映像編集に都合のいい素材」になる。
これは前回扱った DX7+プリセット文化 と完全に共振する。
🧍 表現の排除
- 地味
- 醜い
- 不器用
- 内向的
こうした要素は、MTVでは映えない。
結果として「見せられない音楽」が地下へ追いやられる。
🔄 「MTVは音楽を殺した」の正体
❌ 殺したもの
- 解釈の自由
- 音だけで成立する想像力
- 無名性の価値
⭕ 残したもの/生んだもの
- 新しいポップ表現
- ジャンル横断
- 音楽産業の拡張
MTVは破壊者ではなく「強力すぎる進化圧」だった。
🌱 反動としての90年代
🎸 なぜ90sは「見せない」音楽を選んだのか
- だらしない服
- 無表情
- 低予算MV
- ライブ感重視
これは MTV的完成度への拒否。
- Nirvana
- Pearl Jam
彼らは「MTVを拒否」したのではなく、「MTVの文法を逆利用」した。
🧠 結論:MTVは何をしたのか
MTVは、
- 音楽を殺していない
- 創造性も奪っていない
ただし、 「音楽とは音である」という前提を破壊した。
音楽は 聴くもの → 見るもの → 消費される物語 へと変質した。
そして90年代は、 その変質に対する 長いカウンターアタックだった。