20世紀以降の洋楽音楽史 目次
年代別
- 1900〜1920年アメリカ音楽史 近代音楽産業の誕生とテクノロジーの臨界点
- 1920〜1940年アメリカ音楽史 ラジオ時代と大恐慌が形作った「大衆音楽の完成形」
- 1940年代アメリカ音楽史 戦争・統制・世代交代が生んだ「戦後音楽への助走」
- 1950年代前半アメリカ音楽史 繁栄と分断が同時進行した音の胎動
- 1950年代後半アメリカ音楽史 ロックンロールの成立と社会的衝撃
- 1960–1964年アメリカ音楽史 社会とサウンド - 激動のアメリカと音楽の転換点
- 1965–1967年アメリカ音楽史 境界が溶ける3年間 - アメリカ社会と音楽の臨界点
- 1968-1969年アメリカ音楽史 サウンドの再編 - 音楽が社会を代弁した時代
- 1970–1972年 アメリカ音楽史 - 60年代の後処理と再編の時代
- 1973–1975年 アメリカ音楽史 - ジャンル分化と「職人化」の完成
- 1976–1977年 アメリカ音楽史 ー 反動としてのパンクと「素人性」の逆襲
- 1978–1979年 アメリカ音楽史 - ディスコの爆発と80sへの助走
- 1980–1982年アメリカ音楽史 ポスト・ディスコとニューウェーブの定着
- 1983–1985年アメリカ音楽史 MTV革命とポップの映像化 - 音楽は「聴くもの」から「見るもの」になった
- 1986–1987年アメリカ音楽史 過剰成熟とジャンルの飽和 - 80sは自分の成功に溺れ始める
- 1988–1989年アメリカ音楽史 80sの崩壊と90sの種 - 完璧すぎた時代の終わり
- 1990–1992年アメリカ音楽史 オルタナティブの噴出と80sの即死 - 完璧さが拒否された瞬間
- 1993–1995年アメリカ音楽史 怒り・アイデンティティ・断絶の拡大 - 若者の感情が、ようやく言葉を持った
- 1996–1997年アメリカ音楽史 細分化とジャンルの死 - 中心が消えた時代
- 1998–1999年アメリカ音楽史 90sの終焉 - 音楽が“共有物”になる直前
- 2000–2002年アメリカ音楽史 デジタル元年と「ポスト・オルタナ」の混乱 - ナップスター以後、音楽は誰のものでもなくなった
- 2003–2005年アメリカ音楽史 9.11後の沈黙とロックの「回帰」 - 怒れない時代に、ロックは再武装した
- 2006–2007年アメリカ音楽史 個人最適化と感情の管理 - 音楽は「主張」ではなく「気分調整」になる
- 2008–2009年アメリカ音楽史 共有の再定義と「ネットネイティブ音楽」 - 音楽は“再び共有”されるが、もう同じ形では戻らない
- 2010–2012アメリカ音楽史 ストリーミング前夜と「アルゴリズム以前」の最後の人間的ヒット
- 2013–2015アメリカ音楽史 ストリーミング時代の確立と「音楽の最適化」 - ヒットは“作られる”のではなく“調整され
- 2016–2017アメリカ音楽史 分断の時代と「再政治化」する音楽 - 怒りは戻ったが、90sとは別の形で
- 2018–2019アメリカ音楽史 TikTok前夜と「曲の断片化」 - 音楽は“作品”から“素材”へ完全移行する
- 2020–2021年アメリカ音楽史 パンデミックと音楽の「私物化」
- 2022–2023年アメリカ音楽史 TikTok完全支配と「フック経済」
- 2024–2025年アメリカ音楽史 AI・合成音声と「作者性の危機」
アラカルト
- ⚖️ 教室から音楽へ ― 1954年「ブラウン判決」とアメリカ音楽史の転換点
- 1969年アルタモントの惨事――ヒッピー文化はなぜ瓦解したのか
- 1970年 ケント州立大学銃撃事件――若者の政治的理想はどこで冷却したのか
- ウッドストックはなぜ成功し、アルタモントはなぜ失敗したのか――1969年、同じ理想が辿った二つの結末
- 1979年 Disco Demolition Night - 「反ディスコ」は何に怒っていたのか
- DX7とプリセット文化 - なぜ80年代の音楽は「同じに聞こえる」のか
- MTVは本当に音楽を殺したのか? - 創造性を奪ったのか、音楽を再定義したのか
- 完璧主義はいつ音楽を嘘にしたのか - 80年代が到達し、90年代が拒否した「正しすぎる音」
- 「きれいな音楽」はなぜ信用されなくなったのか - 80sから90sへ、信頼の基準が反転した瞬間(総括編)
- ロドニー・キング暴行事件と無罪評決 - 90年代アメリカ音楽を決定的に変えた「正義の崩壊」
- 90年代は本当に“反80s”だったのか? - 連続性から見直す「断絶」の正体(米音楽史)
- Parental Advisoryは何を守り、何を壊したのか - 90s表現規制と「危険な音楽」の誕生
- O.J.シンプソン裁判と90sメディア - 「事実」より「物語」が勝つ時代の始まり
- ラウドネス・ウォーは90sに始まった - 「完璧さを拒否した時代」が選んだ、もう一つの完璧
- MTVはいつ“現実”を失ったのか - 90年代に起きた音楽メディアの空洞化
- オルタナティブとは何だったのか - 90年代音楽を定義した「態度」の正体
- 🎧 「シャッフル再生」は音楽をどう壊したか - アルバムという思想の終焉**
- 💿 ナップスターは音楽を殺したのか、救ったのか - 所有の崩壊と、価値の再定義
- 🎶 プレイリスト文化の誕生 - 音楽が「作品」から「用途」へ変わった瞬間
- 9.11後、なぜロックは直接怒れなかったのか - 愛国・沈黙・自己検閲の時代
- 😶🌫️ 「怒り」から「不安」へ - 90sオルタナと00s音楽の感情構造の違い
- Dixie Chicks事件 - 9.11後アメリカにおける「沈黙の境界線」が可視化された瞬間
- 📺 MTVはなぜ音楽の中心でなくなったのか(00s編) - 「一斉可視化装置」の機能停止
- ▶️YouTube以前/以後で「売れる音楽」はどう変わったか - 放送からリンクへ、ヒットの定義が書き換えられた瞬間
- 🕰️ なぜ00sは「地味な時代」に見えるのか - 革命は表現ではなく、構造で起きていた
- 🔗 音楽はいつ「共有されなくなり」、どう再定義されたか - 同時代性の死と、「接続」としての共有
- 🎧 2010年代の音楽は「怒っているのに疲れて聞こえる」のはなぜか - 90sの怒りとの決定的な違い(分断・SNS・自己定義の時代)
- 🎧 アルゴリズムは音楽を「均質化」したのか、それとも「多様化」したのか - ストリーミング時代に起きた“直感と現実のズレ”
- 🎧 「アルバムが死んだ」とは何が死んだのか - フォーマットではなく“前提”の崩壊について
- 🎧 10年代ポップスにおける「声」の変化 - 大声から小声へ、強さから親密さへ
- 🎤 「ライブ」は本当に復活したのか? - ポスト・パンデミック時代の“身体を共有する音楽”再検証
- 📊 ストリーミングは音楽を民主化したのか、希釈したのか - 再生数・アルゴリズム・評価不能時代の音楽
- 🗣️ 「声」は誰のものか - 合成音声・声質模倣が突きつけた最終問題