ラウドネス・ウォーは90sに始まった - 「完璧さを拒否した時代」が選んだ、もう一つの完璧
📝 はじめに
本稿では、ラウドネス・ウォー(音圧競争)が なぜ1990年代に始まり、 しかも「反80s」「反・完璧主義」を掲げたはずの90s文化と矛盾なく結びついたのかを検討する。
結論から言えば、 ラウドネス・ウォーは80sの延長ではない。 80s的な“きれいさ”を否定した90sが、別の形の“支配的な音”を欲した結果である。
🔊 ラウドネス・ウォーとは何か(定義)
📀 音圧競争の正体
ラウドネス・ウォーとは、
- 曲全体の平均音量を上げる
- ダイナミクス(強弱)を削る
- 「再生した瞬間に一番大きく聴こえる」ことを優先する
という制作・マスタリング上の競争を指す。
音量つまみを上げたのではない。“データとして常に大きい音”を作った。
🧠 重要な誤解
よくある誤解はこれ。
ラウドネス・ウォー = デジタル時代の劣化
しかし実際には、 その思想は90s中盤、CD全盛期に確立している。
⏳ なぜ90sに始まったのか
🚗 再生環境の変化:車と個人空間
90年代、音楽の主戦場は以下に移る。
- 車載CDプレーヤー
- ディスクマン(屋外)
- 騒音のある環境での個人リスニング
静かなリビングでの鑑賞を前提とした音作りは、競争力を失った。
📻 メディア環境:並べて比較される音楽
- ラジオで連続再生
- MTVの衰退による“音だけの勝負”
- ジュークボックス的な消費
→ 小さく聴こえた曲=負け
🎭 美学のねじれ:反80sなのに、なぜ“過剰”へ?
🧪 80sが拒否された理由(再整理)
80年代が90年代に拒否されたのは、
- きれいすぎる
- 作り込みが見える
- 感情が安全
からであって、 「強く訴えたい」という欲求自体は消えていない。
🔥 90sが欲しかったのは「誠実だが、弱くない音」
90年代の理想は、
- 生々しい
- 感情的
- しかし埋もれない
そこで選ばれたのが「でかい音」だった。
🧠 完璧さの置き換え
- 80s:きれいに整える完璧
- 90s:支配的に届く完璧
価値観は変わったが、最適化への欲望は変わらなかった。
🎤 ジャンル別に見るラウドネス化
🎸 オルタナ/ロック
文脈的に結びつくアーティスト
-
Nirvana
-
Smashing Pumpkins
-
静と動のコントラストが売り
-
しかし“静”の部分も平均音量は高い
-
ダイナミクスは構造で作り、音量では作らない
見かけ上の起伏と、実データ上の平坦化が同時に進む。
🎤 ヒップホップ
文脈的に結びつくアーティスト
-
Dr. Dre
-
The Notorious B.I.G.
-
車載再生前提
-
低音の存在感重視
-
言葉が埋もれないための圧縮
ヒップホップはラウドネス・ウォーの“合理性”を最も早く理解したジャンル。
🎧 ポップ(90s後半)
文脈的に結びつくアーティスト
-
Britney Spears
-
ラジオ即応性
-
サビ一発で勝負
-
音量競争が産業標準に組み込まれる
🧠 社会史との接続:怒りはどこへ行ったか
🧱 50s〜70s:怒りは言葉と構造にあった
- 歌詞
- メッセージ
- 社会運動との接続
🎭 80s:怒りが演出に変換された
- スタイル
- 勝者の物語
- 外見的過剰
🔊 90s:怒りが「圧力」になる
- 語るより、押し込む
- 説明より、存在感
- 理解より、否応なく届く
ラウドネスは、90s社会における「怒りの物理化」だった。
🧾 まとめ
ラウドネス・ウォーは、
- デジタル化の副作用でも
- 80s美学の残骸でもない
それは、 90年代が「誠実でありながら、無視されない方法」を探した結果である。
80sが浮いて見える理由も、ここにある。 80sは怒りを“飾った”。 90sは怒りを圧縮し、音圧として叩きつけた。