2020–2021年アメリカ音楽史 パンデミックと音楽の「私物化」
📝 はじめに
本記事は、2020〜2021年のアメリカ音楽を「パンデミック」という社会的断絶の中で捉え、音楽の制作・流通・消費のあり方がどのように変質したのかを整理する。 結論から言えば、この時代の本質は 音楽が「公共の場」から切り離され、個人の生活空間へと深く沈み込んだこと にある。 ライブ産業の停止、外出制限、孤立、SNS疲労といった状況の中で、音楽は再び「個人が所有し、個人のために鳴るもの」へと回帰した。
🌍 社会背景:パンデミックがもたらした断絶と内向化
🦠 COVID-19と日常の崩壊
- 2020年春、COVID-19により全米でロックダウン
- ライブハウス、フェス、ツアーは全面停止
- 音楽産業は「興行」を前提とする構造を一時的に喪失
ライブ産業の停止は一時的な不況ではなく、音楽の価値評価軸そのものを揺るがした。
🧍♂️ 孤立とメンタルヘルス
- 在宅勤務・失業・社会的孤立の拡大
- 不安、抑うつ、倦怠感が若年層を中心に顕在化
- 音楽は「高揚」よりも「寄り添い」「鎮静」の役割を担う
この時期、歌詞のテーマは「自己肯定」「不安」「回復」「停滞」が顕著に増加した。
🎛️ 技術環境:制作・録音・再生の変化
🎚️ 楽器・制作環境
- 自宅録音(ベッドルーム・プロダクション)が完全に主流化
- DAW(Logic, Ableton, FL Studio)+MIDI中心
- 生楽器よりも打ち込み・ソフトシンセ・サンプルが優位
物理スタジオ不要という条件が、インディーとメジャーの制作環境格差を大きく縮めた。
🎧 録音・流通
- Zoom等を用いたリモート制作
- 物理メディアはほぼ停止、ストリーミング一極化
- アルバムよりもEP/シングル中心
📱 再生・受信環境
- スマートフォン+イヤホンが圧倒的主役
- 通勤・移動用BGMから「自室での私的リスニング」へ
- 音圧よりも近接感・親密さが好まれる
この時代の音楽を「地味」「盛り上がりに欠ける」と評価するのは、聴取環境の変化を無視している。
🎼 音楽の変質:「共有」から「私物化」へ
🔒 音楽の私物化
- フェス・クラブ・車内など「共有空間」で鳴らなくなる
- 音楽は個人の感情処理ツールへと役割転換
- 「みんなで盛り上がる曲」より「一人で聴く曲」
これはレコード以前の家庭音楽、ウォークマン以降の個人聴取文化の“極端な加速版”とも言える。
🎵 主要ジャンルと代表的アーティスト
🌫️ ベッドルーム・ポップ / ローファイR&B
-
特徴:低音圧、近距離ボーカル、内省的歌詞
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代表:
- Billie Eilish
- FINNEAS
- Clairo
🖤 オルタナティブR&B / 内省的ポップ
-
特徴:ジャンル横断、ミニマル、感情の揺らぎ
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代表:
- Frank Ocean
- SZA
- Phoebe Bridgers
🎤 ヒップホップ(内向化フェーズ)
-
特徴:自己内省、派手な成功物語の後退
-
代表:
- Mac Miller
- Juice WRLD
2020–21年のヒップホップを「勢いがない」と評するのは誤り。方向性が内側に折れただけである。
📌 この時代の要点まとめ
- パンデミックにより音楽は公共財から私的ツールへ
- 技術的には完全な個人制作時代の到来
- 評価軸は「盛り上がり」から「共感・距離感」へ
- 後のTikTok時代(2022以降)への静かな助走期間
2020–2021年は、音楽が再び「個人の感情に奉仕する芸術」へ戻った稀有な時代である。