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633件見つかりました

Parental Advisoryは何を守り、何を壊したのか - 90s表現規制と「危険な音楽」の誕生

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

📝 はじめに 本稿では、Parental Advisory(ペアレンタル・アドバイザリー)表示が 1990年代アメリカ音楽、とりわけヒップホップとオルタナティブ文化に どのような影響を与えたのかを検討する。 このステッカーは「青少年保護」を名目に導入された。 しかし90年代を通じてそれは、 表現規制の象徴であると同時に、最も強力なマーケティング装置へと転化していく。 結果として生まれたのが、「危険な音楽」という逆説的な価値である。 🚨 Parental Advisoryとは何だったのか 🏷 誕生の経緯(1980s...

O.J.シンプソン裁判と90sメディア - 「事実」より「物語」が勝つ時代の始まり

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

📝 はじめに 本稿では、1994–1995年のO.J.シンプソン裁判が、 なぜ1990年代アメリカ音楽(特にヒップホップ/オルタナ/メインストリーム・ポップ)の受容のされ方を決定的に変えたのかを整理する。 この裁判は単なる著名人事件ではない。 「映像・感情・人種・メディア」が結合し、事実よりも“物語”が社会を動かすことを誰の目にも明らかにした分岐点である。 90s音楽が「説明」や「主張」を強めていく理由は、ここにある。 ⚖️ 事件の概要:裁判そのものが“国民的番組”になった 🏈 被告の特異性 被告は元NFLスター...

ラウドネス・ウォーは90sに始まった - 「完璧さを拒否した時代」が選んだ、もう一つの完璧

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

📝 はじめに 本稿では、ラウドネス・ウォー(音圧競争)が なぜ1990年代に始まり、 しかも「反80s」「反・完璧主義」を掲げたはずの90s文化と矛盾なく結びついたのかを検討する。 結論から言えば、 ラウドネス・ウォーは80sの延長ではない。 80s的な“きれいさ”を否定した90sが、別の形の“支配的な音”を欲した結果である。 🔊 ラウドネス・ウォーとは何か(定義) 📀 音圧競争の正体 ラウドネス・ウォーとは、 曲全体の平均音量を上げる ダイナミクス(強弱)を削る 「再生した瞬間に一番大きく聴こえる」ことを優先...

MTVはいつ“現実”を失ったのか - 90年代に起きた音楽メディアの空洞化

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

📝 はじめに 本稿では、MTV が いつ・どのようにして「現実」を映す装置であることをやめたのかを、 1980s〜1990sの連続性の中で検討する。 結論を先に言えば、MTVは突然堕落したわけでも、 90s後半に一気に壊れたわけでもない。 80sに確立した“成功モデル”を、90sの社会変化に適応できないまま延命させた結果、 音楽から現実が抜け落ちていったのである。 📺 MTVの原点:80sにおける「現実」 🎬 80sのMTVが映していたもの 80年代初期のMTVは、 単なる音楽プロモーション媒体ではなかった。 ...

オルタナティブとは何だったのか - 90年代音楽を定義した「態度」の正体

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

📝 はじめに 本稿では、オルタナティブ(Alternative) を 一つのジャンルとしてではなく、他ジャンルとの比較によって輪郭が浮かび上がる「態度・立ち位置」 として整理する。 オルタナは 音楽的に一貫していない 美学も統一されていない 商業的成功も否定しきれていない にもかかわらず、90年代を語るうえで欠かせない。 それはなぜか。 答えは、オルタナが「何をしたか」より「何にならなかったか」 にある。 🧭 オルタナの最小定義 🎸 オルタナとは何か オルタナティブとは、 既存の成功モデル・価値観・役割を引...

2000–2002年アメリカ音楽史 デジタル元年と「ポスト・オルタナ」の混乱 - ナップスター以後、音楽は誰のものでもなくなった

20世紀以降のアメリカ音楽史 年代別

はじめに 本稿は、2000〜2002年のアメリカ音楽史を、社会背景と技術環境(楽器/録音/再生/流通)の変化に強く紐づけて整理する。 この時期は、ナップスターに象徴されるデジタル流通の暴走によって、音楽産業の前提(所有・流通・価値)が一度崩壊し、「90年代オルタナ以後」をどう引き継ぐのかが誰にも分からなくなった時代である。 結論から言えば、この第1期は新しい音楽が生まれた時代ではなく、旧い意味が死んだ時代である。 🌍 社会背景:2000–2002年という「足場喪失」の時代 🧭 ミレニアムの終わりと楽観主義の崩壊 ...

2003–2005年アメリカ音楽史 9.11後の沈黙とロックの「回帰」 - 怒れない時代に、ロックは再武装した

20世紀以降のアメリカ音楽史 年代別

はじめに 本稿は、2003〜2005年のアメリカ音楽史を、9.11以後の社会的沈黙と、そこから生じたロックの価値回復・再武装という観点から整理する。 2000–2002年が「意味の崩壊」だったとすれば、この時期は失われた意味を、過去の形式を借りて取り戻そうとした時代である。 🌍 社会背景:9.11後、「怒れない」アメリカ 🧭 愛国と沈黙の圧力 2001年9月11日以降、アメリカ社会は急速に変質した。 「批判=非国民」と見なされやすい空気 愛国・団結・犠牲の強制 戦争(アフガン/イラク)への疑問が表に出にくい状況...

2006–2007年アメリカ音楽史 個人最適化と感情の管理 - 音楽は「主張」ではなく「気分調整」になる

20世紀以降のアメリカ音楽史 年代別

はじめに 本稿は、2006〜2007年のアメリカ音楽史を、社会の個人化と音楽の役割変化(主張 → 感情管理) という軸で整理する。 この時期、音楽はもはや「社会に向けた発言」ではなく、自分のコンディションを整えるためのツールへと性格を変えていく。 2000年代前半の混乱と回帰を経て、音楽はついに外部世界との緊張関係を手放す。 🌍 社会背景:集団の物語が機能しなくなった時代 🧭 ブッシュ後期政権と政治的疲労 イラク戦争の長期化 大量破壊兵器問題による信頼崩壊 政治的議論そのものへの倦怠感 「怒れない」のではなく...

2008–2009年アメリカ音楽史 共有の再定義と「ネットネイティブ音楽」 - 音楽は“再び共有”されるが、もう同じ形では戻らない

20世紀以降のアメリカ音楽史 年代別

はじめに 本稿は、2008〜2009年のアメリカ音楽史を、「共有」の再定義とネットネイティブな音楽様式の成立という観点から整理する。 2006–2007年に音楽は徹底的に個人最適化されたが、この最終期では、ソーシャルメディアと動画プラットフォームの成熟により、音楽が新しい形で再び共有され始める。 ただしそれは、かつての「同時代を共有する音楽」ではない。 🌍 社会背景:金融危機と「希望の再構築」 🧭 リーマン・ショック後の現実 2008年の金融危機により、若者世代の将来設計が破綻 成功物語・中流幻想の完全崩壊 し...

🎧 「シャッフル再生」は音楽をどう壊したか - アルバムという思想の終焉**

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

はじめに 本稿は、2000年代に一般化したシャッフル再生が、音楽そのものではなく、音楽の意味構造をどのように破壊したのかを整理する。 ここで言う「破壊」とは音楽的質の低下ではない。 「アルバムを前提とした聴取思想」 が、UIと再生技術によって無効化された、という意味である。 🌍 前史:アルバムは「時間芸術」だった 🧭 90s以前の前提 20世紀後半のポピュラー音楽、とりわけロックにおいて、 アルバムは「曲の集合」ではない 曲順・流れ・起伏・余白を含む時間設計された作品 という前提が共有されていた。 A面/B面...

💿 ナップスターは音楽を殺したのか、救ったのか - 所有の崩壊と、価値の再定義

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

はじめに 本稿は、Napsterに代表されるP2P型ファイル共有が、音楽を「殺した」のか、それとも「救った」のかを、倫理や違法性の議論を避けて構造的に検証する。 結論を先に言えば、ナップスターは音楽産業を殺し、音楽そのものを次の段階へ押し出した。 00sを理解するうえで、この分離は不可欠である。 🌍 前史:CD時代の「完成された所有モデル」 🧭 90sまでの前提 音楽=物理メディア 価値は「所有」に紐づく 流通はレーベルが独占 CDは“音楽そのもの”ではなく、“所有の証明”として機能していた。 🧭 レーベル中...

🎶 プレイリスト文化の誕生 - 音楽が「作品」から「用途」へ変わった瞬間

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

はじめに 本稿は、2000年代半ばに定着したプレイリスト文化が、音楽の役割をどのように変質させたのかを整理する。 結論から言えば、プレイリストは音楽を劣化させたのではない。 音楽を「鑑賞対象」から「機能」へと再定義したのである。 これはシャッフル再生・ナップスターに続く、00s最大の不可逆転換点の一つだ。 🌍 前史:音楽は「作者が完結させるもの」だった 🧭 アルバム中心主義の前提 90年代までの音楽文化では、 作者が曲順を決め アルバム単位で意味を与え 聴き手はそれを受け取る という一方向モデルが支配的だった...

9.11後、なぜロックは直接怒れなかったのか - 愛国・沈黙・自己検閲の時代

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

はじめに 本稿は、2001年9月11日以後のアメリカ社会において、なぜロックが90年代のように直接的な怒りや政治批評を表現できなくなったのかを整理する。 重要なのは「ミュージシャンが臆病になった」という説明ではない。 怒りを表現すること自体が、社会的に高リスクな行為へ変質したという構造の変化である。 🌍 社会背景:9.11が生んだ「沈黙の同調圧力」 🧭 悲劇直後のアメリカ社会 9.11は単なるテロ事件ではなく、国家アイデンティティの危機だった。 国全体が「被害者」になる 怒りは外部(テロリスト)へ一斉に向けられ...

😶‍🌫️ 「怒り」から「不安」へ - 90sオルタナと00s音楽の感情構造の違い

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

はじめに 本稿は、1990年代オルタナティブ・ロックと2000年代の音楽を分ける感情構造の決定的な違いを、 「怒り(anger)」から「不安(anxiety)」への移行という観点から整理する。 ジャンルや音色の変化以上に重要なのは、 音楽が引き受けていた感情の性質そのものが変わったという点である。 🌍 前提整理:感情は社会構造の反映である 音楽における感情表現は、個人の気分ではなく、 社会との距離感 未来への見通し 変化可能性の有無 と密接に結びついている。 「怒り」と「不安」は似ているが、向きと前提がまった...

Dixie Chicks事件 - 9.11後アメリカにおける「沈黙の境界線」が可視化された瞬間

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

はじめに 本稿は、2003年に起きた Dixie Chicks事件 を、 単なる「炎上」や「失言問題」ではなく、9.11後アメリカ社会において、どこまでが許容される言論だったのかを示した構造的事件として整理する。 この事件は、ロックやポップがなぜ00s前半に直接怒れなかったのかを理解するうえで、最も分かりやすい実例である。 🌍 事件の概要:何が起きたのか 🧭 発端(2003年3月) イギリス・ロンドンでのライブ中、 Dixie Chicks のメンバー、ナタリー・メインズが次の趣旨の発言を行った。 「私たちはテ...

📺 MTVはなぜ音楽の中心でなくなったのか(00s編) - 「一斉可視化装置」の機能停止

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

はじめに 本稿は、2000年代において MTVが音楽の中心的メディアでなくなった理由を、 単なる「視聴率低下」や「リアリティ番組化」としてではなく、 音楽を“共有させる装置”としての役割が構造的に失われた過程として整理する。 結論から言えば、MTVは音楽を捨てたのではない。 音楽の側が、MTVを必要としなくなった。 🌍 前提:90sまでのMTVは何をしていたのか 🧭 MTVの本質的機能 90年代までのMTVは、単なる音楽チャンネルではない。 同じ映像を 同じタイミングで 国全体に流す という 「一斉可視化装置...

▶️YouTube以前/以後で「売れる音楽」はどう変わったか - 放送からリンクへ、ヒットの定義が書き換えられた瞬間

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

はじめに 本稿は、YouTube登場(2005)を境に「売れる音楽」の条件がどう変わったのかを整理する。 結論から言えば、YouTubeは新しいスターを生んだのではない。 ヒットが成立する“回路”そのものを書き換えた。 それは「どんな音楽が良いか」の変化ではなく、 どうやって見つかり、どうやって広がるかの変化である。 🌍 YouTube以前:ヒットは「放送」で作られていた 🧭 中央集権モデル ラジオ MTV 大手メディア ヒットとは、 「限られた入口を通過した音楽が、全国に一斉に流れること」 だった。 ヒ...

🕰️ なぜ00sは「地味な時代」に見えるのか - 革命は表現ではなく、構造で起きていた

20世紀以降のアメリカ音楽史 アラカルト

はじめに 本稿は、2000年代の音楽がしばしば 「スターがいない」「名盤が少ない」「印象が薄い」 と評価されがちな理由を、音楽的停滞ではなく、評価軸の断絶として整理する。 結論から言えば、00sは地味だったのではない。 私たちが“派手さを測る物差し”を失った時代だった。 🌍 前提:私たちは何をもって「派手」と感じるのか 🧭 20世紀型の派手さの条件 90sまで、音楽の「派手さ」は次の条件で成立していた。 みんなが同じ曲を知っている 明確なスターがいる 世代を代表する音がある 反抗や怒りが可視化されている これ...