制度が生んだ派閥(中選挙区制〜小選挙区制の制度分析)
🧭 はじめに
本章では、派閥政治を「文化」ではなく制度の帰結として捉える。 なぜ自民党では派閥がこれほど強固に形成されたのか。それは政治家の性格や日本人の気質ではなく、選挙制度が作り出した合理的行動の結果である。
本章では、
- 中選挙区制が生んだ党内競争
- 「数は力」という派閥拡大の合理性
- 1994年政治改革の狙い
- 小選挙区制でも派閥が残った理由
- 比例復活制度と派閥インセンティブ
を制度分析の視点から整理する。
🏛 中選挙区制と党内競争
📊 中選挙区制とは何だったか
1994年の政治改革以前、衆議院選挙は中選挙区制(単記非移譲式投票:SNTV)で行われていた。
- 1選挙区で3〜5人が当選
- 有権者は1人にのみ投票
- 同一政党から複数候補が立候補
この制度の最大の特徴は、同じ自民党候補同士が競争する点である。
SNTVは世界的にも特殊な制度で、日本・台湾など限られた国で採用された。
⚔ 党内競争の構造
自民党が強い地域では、例えば定数4の選挙区で自民党が3議席を獲得することも珍しくなかった。
この場合、
- 自民A候補
- 自民B候補
- 自民C候補
が互いに票を奪い合う。
つまり、敵は野党だけではなく党内に存在する。
この環境では、
- 個別後援会の強化
- 地元利益誘導
- 業界団体との結びつき
が不可欠となる。
派閥はこの党内競争を組織的に支える枠組みとして機能した。
💪 「数は力」の合理性
👥 派閥規模と交渉力
中選挙区制下の自民党は「一党優位・党内多党制」とも呼ばれた。
この状況では、
- 派閥=事実上の党内政党
- 議席数=交渉力
となる。
大臣ポストや党三役は派閥の議席数に比例して配分される傾向があった。
したがって、
派閥の規模拡大は合理的戦略である
という帰結が生まれる。
「数は力」は道徳的スローガンではなく、制度下での合理的均衡だった。
🔁 相互依存構造
若手議員は派閥に入ることで:
- 選挙資金
- 政策人脈
- 昇進ルート
を得る。
派閥領袖は議員数を増やすことで:
- 総裁選での発言力
- 人事交渉力
を得る。
これは典型的な相互利益型の制度的均衡である。
🔄 1994年政治改革の狙い
📜 改革の内容
1994年の政治改革により、
- 小選挙区比例代表並立制
- 政党交付金制度
- 企業・団体献金規制
が導入された。
最大の目的は、
党内競争をやめさせ、政党間競争へ転換すること
であった。
🎯 政治改革の理論的狙い
小選挙区制では:
- 1選挙区1議席
- 同一政党は原則1候補
となるため、党内競争は制度上消滅する。
理論上は、
- 派閥の必要性低下
- 政策本位の政党政治
- 二大政党制の定着
が期待された。
制度変更はインセンティブを変えるが、既存の権力構造を即座に消滅させるわけではない。
🏛 小選挙区制でも派閥が残った理由
制度が変わったにもかかわらず、派閥は完全には消滅しなかった。
理由① 人事権は残った
総裁=首相という構造は維持された。
- 内閣人事
- 党役員人事
を巡る交渉は依然として存在する。
派閥は人事交渉単位として存続した。
理由② 総裁選は継続
総裁選は引き続き派閥の集合行動の舞台であった。
- 推薦人20人要件
- 派閥単位での支持表明
などにより、派閥の存在意義は維持された。
理由③ 政治資金の集約機能
政党交付金が導入されたとはいえ、個別議員の資金需要は消えなかった。
派閥は:
- 政治資金パーティー
- 企業とのネットワーク
を通じて資金機能を継続した。
制度は変わったが、権力配分と資金需要という構造条件は残存した。
🔄 比例復活と派閥インセンティブ
📈 比例復活制度とは
小選挙区で敗北しても、比例代表名簿上位であれば当選する仕組み。
この制度は:
- 落選リスクの緩和
- 党本部の名簿決定権強化
を意味する。
🎛 派閥との関係
比例名簿順位の調整は、
- 党本部
- 派閥バランス
に配慮して行われることが多い。
結果として、
派閥規模は比例復活枠にも影響を及ぼす
というインセンティブが残った。
比例名簿が派閥取引の材料となる場合、有権者の意思と代表選出の連結が弱まるリスクがある。
📌 本章のまとめ
- 中選挙区制は党内競争を制度的に生み出した。
- 「数は力」は合理的帰結だった。
- 1994年改革は党内競争の解消を目指した。
- しかし、人事・総裁選・比例復活制度が派閥の存続余地を残した。
- 制度は変わっても、インセンティブが完全に消えない限り派閥は再生する。
派閥は文化ではない。 制度が作り、制度が形を変え、制度の隙間に残った存在である。